「最近の若者は」言われて感じること・いつからあったセリフ?

ビジネスマナー

最近の若者は

中高年世代の人は、世間話の中で「最近の若者は」とよく言っています。テレビのインタビューや新聞・雑誌の読者投稿欄などでもよく使われる表現です。

「最近の若者は」というフレーズの後には、褒め言葉が続くことは少ないです。同じ年齢層だからといって、考え方や行動を十把一絡げに批評されるのは、気分がいいものではありません。

【最近の若者は】なってない

サザエさんに登場する頑固親父の波平さんのように「最近の若者は、なってない。」と言う人がいます。特に中高年の男性の中に好んで使う人が多い表現です。なってないと言われると、批判されていることは解りますが、意味を正しく知っている人は意外と少ないです。

「なってない。」とは、態度や性質が社会的・人道的に見て好ましくないことです。倫理観のない ・ モラルのない 、 けじめのない ・ 礼節がない、軽率、思慮が足りないなど相手が思っているレベルに達していないことを批判するときによく使われます。

【最近の若者は】すぐ辞める

仕事が長続きしない傾向になる若者に対して「最近の若者はすぐ辞める。」と評されることがあります。年功序列、終身雇用制がしっかりしていた世代は、安定して将来像が描けるので、若い時期に仕事でどんなに苦労しても「努力は報われる」という考えの人が多いです。

しかし、現代では実力主義の会社も増え、非正規雇用やフリーターなど働き方も多様化しています。仕事に対する価値観の違いから、世代間のギャップを感じて「最近の若者は」と批評されやすくなっています。

【最近の若者は】ゆとり

「最近の若者は、ゆとりだから」という表現は、ゆとり教育を受けて育った世代に向けられた言葉のように感じますが、若い世代全体に対して使われることが多いです。実際にはゆとり教育を受けたかどうかは関係なく、世代間の価値観の違いに戸惑った人が、自分たちの世代こそが正しいという主張のために使うことが多い表現です。

【最近の若者は】高学歴だけど志が低い

「最近の若者は志が低い」とは、高学歴で頭の回転は速いのに、欲がなく向上心も低い若者に向けてよく言われます。若者批判として使われる場合が多いですが、能力があるのに勿体ないという意味で使われることもあります。

バブル後の1990年代に生まれ、いわゆる「失われた10年」の間に幼少期を過ごした、現在の10代から20代前半までの若年層は「さとり世代」と表現されます。

さとり世代は、物心ついたときから不景気だったせいか、浪費や高望みをしません。出世欲もあまりなく、程々の穏やかな暮らしを志向するなど、さとりきったような価値観をもつ若者が多いことからこう呼ばれています。

最近の若者は、と言われて感じること

「最近の若者は」と言われると、褒め言葉が続くことは殆どありません。年長者からの苦言は、たとえ自分の事を批判されている訳ではなくても、いい気はしません。

いつの時代も

「最近の若者は」と言われると、批判された若者は悪い印象を持ちます。反省して行動を改めようという気持ちには、中々なりません。

しかし、「最近の若者は」と批判されるのは、昔から繰り返されているため、今の中高年が若者だった頃も同じように年長者からの批判を受けていました。

例えば、昭和40年代頃には、つっぱりや暴走族の全盛期でした。現在では見かけても、せいぜい数十代の暴走バイクが、数千台が集まって平気でパトカーをひっくり返すことがあった時代です。

今「最近の若者は」と若者批判している人たちも、若い頃は必ずしも品行方正だったわけではないです。批判をされても、必要以上に反省することはありません。

うざい

「最近の若者は」と言われると、多くの人はとにかく「うざい」と感じます。批判の内容やその人との関係性も関係ありません。「最近の若者は」と批判する人たちも、若い頃には同じように批判されてうざいと感じていました。若い頃に年長者に批判を受けるといい気がしない点は、世代が違っても共通しています。

老害

「最近の若者は」と批判をされると「この、老害が」と敵対心を抱く人もいます。老害とは、本来は世代交代に失敗して老朽化してしまった組織を指す言葉でした。これが変化して、現在では「能力が衰える事で、周囲に迷惑をかける老人」という意味になっています。

人間は個人差はありますが、加齢とともに体力だけでなく、好奇心、判断力、思考なども衰えていきます。老害は、自分が老害であるとは自覚しておらず、行動や言動が暴走しやすいため、周囲から疎まれてしまいます。

最近の若者は、とはいつからあったセリフ?

「最近の若者は」という若者批判の文句は、フレーズは違えど世界中で聞かれます。その期限をさかのぼると、驚くことに古代文明の時代に行き着きます。

古代エジプト

「近頃の若者は」という批判は、古代エジプトにもありました。今から約5000年前、ピラミッドの建設に携った人々が、ピラミッドの天井裏など、人目に触れない場所に「近頃の若者は」と、書き込まれていることは有名です。

また、紀元前3000年代の古代エジプトの賢人ギザのイプエルも、かなり悲観的な若者批判の言葉を残しています。

「今は衰退の時代だ。子供たちはもはや素直でなく、言語は破損し、風俗はたるんでいる。罪深い人類が死に絶える日、もはや子供たちが生まれない日、地上のすべての騒音がやむ日、もはやすべての不快なものと戦わなくてよい日が来るだろう。」

古代ヒッタイト

紀元前2,000年頃に、現在のトルコにあった古代ヒッタイト王国でも、粘土板で作られた書簡に「最近の若者は」といった現状を嘆く言葉が書かれています。

古代ギリシャ

古代ギリシャの哲学者プラトンも、反抗心が旺盛な若者を批判する言葉を残しています。「最近の若い者は年長者を敬わず、両親に反抗する。法律は守らないし、ギャングのように暴れる。道徳心は腐れきっている。このままだといったいどうなってしまうのか」

古代中国

中期王朝の一書役の手録の中にも「最近の若者は」という若者批判が登場します。日本の有名な民族学者である柳田国男の講演会で、イギリスの教授」から聞いた話として紹介されました。

約4千年前の中国での話ですが「最近の若者は体力や若さにものをいわせて、風紀が乱れている。年長者の誠実で歴史のある流儀を軽視しているのは嘆かわしい。」という、現代でも同じように主張する人がいるような内容です。

徒然草

「最近は、深く考え込んで、自分の才覚を表そうとでもするかのように聞こえる名が多くてとても煩わしい。

「人の名前も、見慣れぬ文字を使おうとするのは、無益なことである。何事でも、珍しい事を求めて、奇抜なものを好むのは、浅はかな才知を持つ人が必ずやる事だ。」

日本では上記の徒然草の116段に、名前の付け方についての批判文が記されています。現代でいう「キラキラネーム」にも通じるような批判文で驚いてしまいます。

枕草子

10世紀の日本、平安中期の女流歌人である清少納言も枕草子に「最近の若者は」と、若者の言葉使いを嘆く言葉を残しています。「最近の若者は、非常にに言葉が乱れており嘆かわしい。何から何まで省略したような言葉を使って、とてもみっともない。」

昨今も、若者言葉が流行して正しい日本語が失われていくと批判する人がいますが、言葉は世代とともに変化しています。今まで使っていた言葉が変化していくことは、いつの時代も、変化を嫌う大人の世代には受け入れ難いです。

批判は羨望の裏返し

心理学では、他者の批判ばかりしている人は、必ず自分自身に劣等感を持っています。自分にない物を持っている人と自分を比べて羨む気持ちが、つい批判となって言葉に出ているのです。若者批判をする人は、自分にはない若者の若さや行動力がとても魅力的に映っています。いつの時代も若者批判はありますが、そんな批判に負けずに人生を楽しみましょう。

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