厚生年金基金の解散
平成26年4月1日に「厚生年金保険法」が改定施行されました。従来よりも構成年金基金の運営継続に関する規制が厳しくなったため、平成26年4~8月末までに18基金が解散、5基金が代行返上しました。
また平成26年8月末には、508ある厚生年金基金の62%の315基金が解散または代行返上を決定し、手続きに入りました。平成26年から5年以内に「おそらく90%以上の厚生年金基金が解散または代行返上するだろう」と言われています。
厚生年金基金と厚生年金は違うの?
「厚生年金基金解散」と聞くと、「え? 厚生年金がもらえなくなるの?」と心配する人が少なくありません。大丈夫です。「厚生年金基金」と「厚生年金」は違います。「厚生年金基金」が解散しても「年金」がもらえなくなることはありません。ただ、少し減ることがあります。
厚生年金とは
厚生年金は公的年金の1つです。一般の会社員は、国民年金と厚生年金を公的年金として受け取ります。「国民年金」は基本となる公的年金です。日本在住の20歳以上60歳未満の男女全員が加入します。強制加入です。「老齢基礎年金」といいます。
「厚生年金」は任意加入ですが、日本の民間企業で働く男女は、ほとんど加入しています。保険料は報酬に比例し、事業主が保険料の半額を負担します。受け取る厚生年金も納入した保険料によって違ってきます。「老齢厚生年金」といいます。
厚生年金基金とは
「厚生年金基金」は、企業ごとあるいは同じ職種の企業の協同組合ごとに設立している「私的」年金です。集めたお金の運用も企業・協同組合が自主判断で行います。厚生年金基金に加入している企業に勤務する従業員は、自動的に厚生年金基金に加入することになります。
厚生年金基金に加入していた人には、国民年金と厚生年金の一部が国から支給されます。厚生年金の一部は「代行部分」として、厚生年金基金から支払われます。
さらに、厚生年金基金の独自の運営により、「上乗せ部分」「加算部分」が厚生年金基金から支払われます。厚生年金基金加入者は、厚生年金の代行部分・上乗せ部分・加算部分が国民年金・厚生年金の一部とは別に厚生年金基金から支給されます。
厚生年金基金解散の理由
厚生年金基金は1966年に設立が開始されました。厚生年金基金は、事業主から預かる掛け金(上乗せ部分)と従業員の厚生年金保険料の一部(代行部分)を、独自の判断で運用しています。高度成長経済の時代には運用益も大きく、基金の財政も安定し、厚生年金基金によっては高額の年金を支払うことができました。
しかし、厚生年金基金の運用を決める理事会メンバーは理事長をはじめ投資の素人ばかりです。常務理事はたいてい厚生省などの天下りです。資金の運用はほとんど投資会社に任せていました。そうした運用姿勢が厚生年金基金の財政を弱体化させ、バブル経済の崩壊・長い不況・リーマンショックという相次ぐ経済危機に耐えられなくなりました。
厚生年金基金の運用失敗と破綻
投資の素人ばかりが投資会社任せの運用で利益を出せるはずがありません。2008年のリーマンショックをきっかけとする世界的大不況に陥ると、株価や債券などが暴落しました。多くの厚生年金基金が運用に大失敗し、積み立てていた厚生年金保険料を失いました。
2012年には、AIJというインチキな投資商品に引っ掛かり、破綻する厚生年金基金が続出しました。公的年金である厚生年金の一部を国に代わって給付するための必要最低限度の資産額が不足する「代行割れ」を起こすようになりました。そこで、2014年、国は厚生年金保険法を改定して、厚生年金基金を実質的に廃止することにしました。
解散と代行返上との違い
厚生年金基金が解散しないで「代行返上」した場合は、厚生年金基金が国に代わって厚生年金保険料を運用し厚生年金を給付する「代行部分」を、厚生労働省の認可に基づいて国に返上します。解散していないので、上乗せ部分と加算部分が各厚生年金基金から支払われます。
解散した場合は、上乗せ部分は清算されます。代行部分に相当する年金は日本年金機構に引き継がれます。解散した時に加算部分の残余財産があれば、加入者・受給者・受給待機者に公平に分配されます。解散にしても代行返上にしても、厚生年金の代行部分はきちんと支払われます。
基金解散の残余財産の分配
厚生年金基金が解散する時点において、残余財産は加入者・受給者・受給待機者に公平に分配されます。あるいは、残余財産を企業年金連合会に移換して「通算企業年金」にすることもできます。しかし、小額なので「通算企業年金」にする人は少ないといいます。また、希望する事業所を募って新しい後継制度を設立して、残余財産を引き継ぐこともあります。
基金解散の一時金・返金
厚生年金基金が解散する時は、上乗せ部分の一部と加算部分の残余財産が分配されます。残余財産の分配は、選択一時金・一時金・年金の3つの選択肢があります。分配は、基金解散の認可日から一年半後に行われます。
選択一時金は基金の解散時に給付されますが、残余財産が確定されないので金額が半分近くになる可能性があります。一時金は残余財産が確定された後、つまり解散の認定日から一年半後に支払われますから選択一時金よりも金額が多くなります。
年金として受け取る場合は、勤務している企業が「確定給付企業年金制度」「確定拠出年金制度」など後継制度に加入していることが必要です。
基金解散時の分配の税金
厚生年金基金が解散した時の残余財産の分配(選択一時金・一時金)は、一時所得になります。一時所得として、税金を納付します。年金として受け取る場合は、国民年金・厚生年金など年金と合算した総額に、税金がかかります。
基金解散時に損失がある場合
厚生年金基金によっては、解散する時に損失がある場合があります。解散する時は、国の厚生年金の一部を代行している部分を国に戻さなくてはなりません。解散時の損失が大きくて、国に戻すべき代行部分が不足することがあります。
解散時に損失があれば、もちろん一時金の分配などありません。それよりも、加入企業は代行部分の不足を補う必要があります。
基金加入事業の負担
厚生年金基金が解散する時に代行部分が不足すれば、代行部分の不足を補って国に返上します。代行部分の不足は、基金を構成する企業・事業主が負担して補います。
代行部分を補うための負担は、基金を構成する企業・事業主にとって重すぎることがあります。負担が大きすぎて、資金繰りができずに倒産する企業や事業主もいます。構成企業の1つが倒産すれば、その負担は他の構成企業にかかります。
厚生年金基金の解散とともに、次から次へ構成企業が倒産して全部倒れてしまうケースもあります。この場合は、代行部分不足の補填は、国(厚生年金)が行います。国の負担を抑えるために、基金に余力のある間に解散させようとして「厚生年金保険法」が改正されました。
解散時の負担の会計処理
厚生年金基金の解散にともなう積立金不足の解消は、基金構成企業が負担します。企業の負担の会計処理は、厚生労働省が定める「厚生年金基金の積立不足および解散に伴う会計上・税務上の取扱い」に基づいて行われます。
基金の解散について代議員会で議決がなされ、構成企業の負担金額が確定したら、その構成企業は確定した負担金額を「特別損失」として計上します。その後、厚生労働大臣から解散の認可が下りたら、「厚生年金基金解散特別損失引当金」として未払金に計上します。
未払金に負債計上したら、資金調達にかかります。原則として一括支払ですが、最長5年分割納付できます。ただし、今回の特例措置では最長30年の分割納付が認められます。
厚生年金基金の後継制度・確定拠出年金への移行
厚生年金基金を解散した後、その後継制度を考えている基金も少なくありません。基金を一旦解散し、その後、後継制度を希望する事業所(企業)を対象に設立します。加入者は希望する事業所の従業員に限られます。
後継制度は上乗せ部分に限られます。今まで国に代行して給付していた厚生年金は基礎年金(国民年金)とともに国から給付されます。後継制度には、確定給付企業年金(DB)と確定拠出年金(DC)があります。DBとDCを併用することもできます。
確定給付企業年金
確定給付企業年金(DB)は、厚生年金と似ています。毎月一定金額を積み立てておくと、退職後に毎月年金のようにお金を受け取ることができます。そのため、退職後の安定収入源となるので、老後の生活設計がしやすくなります。
資産の運用は企業あるいは企業の協同組合が行います。資産運用の失敗による資金不足は企業の負担になります。企業・協同組合が業績悪化したり破綻したりした場合は、給付額が減少する可能性があります。
確定拠出年金
企業が一定金額を拠出し、従業員本人が自主的に運用する仕組みです。企業の拠出金が確定しているので「確定拠出年金(DC)」といいます。企業負担は確定しているので、業績が悪化しても心配は要りません。
本人が自己責任で運用しますから、受け取る年金額が人によって異なります。運用が成功すれば受け取る金額が多く、運用が失敗すれば受け取る金額が少なくなります。受け取る年金額が確定していないので、老後の生活設計がしにくくなります。でも、企業の業績によって受け取る年金額が左右される可能性はありません。
厚生年金基金の解散手続き
各厚生年金基金は現在の資産状況を基に、基金存続が可能か・解散するべきか・代行返上するべきかを考えます。ただし、平成26年(2014)改正の厚生年金保険法では、施行から5年間に限って特例措置を認めています。特例解散は、通常解散よりも解散のハードルが低くなり、解散しやすくなっています。
解散の認可
各厚生年金基金は代議員会において解散方針を決定したら、厚生年金基金を構成する事業所と加入員に解散理由を説明します。その上で、事業所と加入員の2/3が同意すれば、厚生労働大臣に解散認可申請を行うことができます。従来は、3/4の同意を必要としました。
また、解散理由として必須条件だった「母体企業の経営悪化」も撤廃されました。責任準備金の納付(代行部分を国に戻す)についても、構成企業間の連帯債務も課されません。責任準備金の納付も最長30年に延長されました。基金の解散認可申請が従来よりもしやすくなっています。
解散の公告
各厚生年金基金は、解散が認可されると、官報に下記の公告を掲載します。
①厚生年金基金解散広告および厚生年金基金清算人就任公告
②解散広告または債権申出広告
③厚生年金基金清算結了広告と厚生年金基金清算人退任公告
公告は作成要綱に従って作成します。
解散基金のリスト
平成26年(2014)に「厚生年金保険法」が改正施行されてから、特例解散をしたり特例解散の内定をしたりする厚生年金基金が増えています。「解散ラッシュ」とも言える状態で、実質上、厚生年金基金は消滅することになります。
解散した厚生年金基金や解散認可申請中の厚生年金基金のリストは、厚生労働省のHPでは開示されていないません。加入事業所や加入員に対しては各厚生年金基金から通知が届きます。官報にも公告されますので、興味のある第三者も知ることができます。
まだまだ増える基金の解散
厚生年金基金が解散しやすいようにした「特例措置」は、厚生年金保険法改正・施行から5年間です。すでに、愛知県石油厚生年金基金・東京金属事業厚生年金基金・日本給食サービス厚生年金基金などが解散しました。平成31年(2019)までには「特例解散」をする厚生年金基金は増え続けるでしょう。
厚生年金基金の26.4%が、国の年金の代行部分である年金資産積立が不足しています。今回の法改正で、代行部分の資産不足の基金は解散することになります。
厚生年金基金解散の影響
「厚生年金基金が解散する」という通知が来ると、現在年金を受け取っている受給者も将来年金を受け取る加入者も、「年金はどうなるのか?」と不安になります。年金で生活している年金受給者は、今後の生活が心配になります。年金保険料を支払っている加入者は、「今、保険料を毎月払っているけれど、自分たちが年取った時は年金ゼロになるのではないか?」と不安が募ります。
厚生年金基金が解散すると、基金独自で行っている上乗せ部分や加算部分はなくなりますから、受け取る年金額は確かに減少します。どの程度減少するのかが、問題です。
受給者は減少額を確認する
厚生年金基金から解散通知を受け取ったら、年金受給者は年金の減少額を確認する必要があります。ほとんどの年金受給者は、日本年金機構から老齢基礎年金(国民年金)と老齢厚生年金を受け取り、厚生年金基金から厚生年金の代行部分と基金独自の上乗せ部分・加算部分を受け取っています。代行部分は基金から日本年金機構に受け継がれます。
減少するのは、基金独自の部分だけです。納付した保険料によって減少額が異なりますが、おおよそ月額7,000~20,000円といいます。代行部分は変わりません。代行部分の金額については、日本年金機構か各厚生年金基金事務所に問い合わせれば確認できます。解散しないで「代行返上」するだけなら、受け取る年金総額は変わりません。
加入者が確認するポイント
現在、年金保険料を納付している加入者は、老齢に達した時に受け取れる年金額を確認します。解散ならば、代行部分は日本年金機構に引き継がれますから、老齢基礎年金・老齢厚生年金の受給総額は変わりません。
年金基金が解散し残余財産が有れば一時金として分配されます。解散後にDBやDCなどの新しい年金制度に引き継がれる場合は、年金のようにして受け取ることもできます。解散しないで代行返上だけならば、基金の独自部分の年金を厚生年金基金から受け取ることができます。後継制度に加入するか否かは事業主が決定します。
残余財産がなかったり、不足金があったりすれば、一時金の分配はありません。
余力のあるうちに解散する
厚生年金基金の解散は、年金で生活する高齢者はもちろん、年金保険料を納付して年金制度を支えている世代にもショックの大きいでき事です。しかし、各厚生年金基金の財政は年々厳しくなるばかりで、基金独自の上乗せ部分の給付額を減少する基金が少なくありません。
無理に存続させて基金が破綻すれば、基金を構成する事業所は代行部分の不足を補填することになります。負担が大きすぎて、倒産する事業所が続出する可能性があります。
上乗せ部分や加算部分が消失する上に、勤務先まで倒産してしまうのでは踏んだり蹴ったりです。解散しても代行部分は確保できます。余力のあるうちに特例解散すれば、一時金の分配または後継制度への引き継ぎができます。