「目標管理」とは?
「目標管理」が生まれた背景
「目標管理」という言葉が初めて世に現れたのは、1954年、ピーター・ドラッカーの著作「現代の経営」の中ででした。ドラッカーと言えば数年前ヒットした「もしドラ」でもおなじみですね。経営学の権威であり、「マネジメント」の概念を生み出したことでも有名です。薫陶を受けた経営者も数多くいます。
さて「目標管理」― こう聞くと、上司が部下に対して一方的に目標を与え、その遂行・達成を管理する、いわゆる「ノルマ管理」のイメージを持ちますが、本来の意味は全く正反対です。もともとは「Management by objectives and self-control(略してMBO・mbo) 」と言い、正確に訳せば「目標による管理と自己統制」というのが正しい。すなわち、目標を立てるのは上司や先生、親といった指導者側ではなく、あくまで本人自身。指導者側はアドバイザーとして良い目標設定ができるよう補佐する。達成に向けてもムチでしばき倒したり、圧力をかけたりせず、当人のサポートに徹する、というのが本来の趣旨です。
しかし「目標による管理と自己統制」では長くなりますので、ここでは一般に通りの良い「目標管理」という表現で進めていきます。
「目標管理」は活かされているか
人材マネジメントのための効果的な手法と思われた「目標管理」、しかし生まれた当のアメリカでは1980年ごろには下火になり、今ではほとんど活用されていないようです。日本でも1960年代中ごろ、第一次のブームが訪れたようですが、その後やはり下火になり、以降景気が悪くなると成果主義の一翼を担う存在として再浮上し、リストラのための体のいい大義名分として利用され、悪者扱いされることが多かった印象です。
ドラッカーが理想とする本来の「目標管理」をなかなか実現できない、というのが現状なのでしょう。
目標がなければ仕事は苦行に変わる?
大昔、ある国に実在した刑罰の話です。目の前に同じ大きさの2つのバケツが置かれます。1つには水がいっぱい入っていて、もう1つの方は空っぽ。そして満杯のバケツの水を空っぽの方に移し替え、終わったらまた移し替え…ということを延々と繰り返させられるそうです。朝から晩まで、毎日毎日、何年も何年も…。どうですか?もし自分がそれをやらされるとしたら?考えただけで頭がおかしくなりそうですね。
自分のやっていることの意味も目的もわからず同じことを繰り返させられる ― 人間にとってこれほど精神的ダメージの大きいこともないでしょう。だから刑罰としては大いに効果を発揮したようです。
さて、これは刑罰の話ではありますが、日常やっている仕事にも当てはまる部分があるかもしれません。もともと好きで、あるいは意義を感じて、あるいは必要に迫られて始めた仕事。最初のうちこそ新鮮味があり、やりがいを感じていたものも、やがて色あせ、慣れるに従い「やっつけ仕事」に変わっていく。やっつけ仕事でとどまっていればまだしも、同じことの繰り返しがやがて苦行に変わっていき、バケツの水の移し替えのように苦痛に満ちたものになってしまった人も多いでしょう。
モチベーションとしての目標
人生の長い時間を使って携わる仕事、苦行にしてしまってはつらいですね。しかしある程度同じことを繰り返すことは、どんな仕事においても宿命です。
では同じことを繰り返す中で、どうすれば仕事への意欲を維持・向上させられるでしょう?あなたにとって仕事のモチベーション(動機付け・やる気の源泉)となるものは何でしょう?
モチベーションは人によって様々ですが、「目標」の存在は多くの人に共通するものではないでしょうか。
目標があれば、同じことをやっていてもそのモチベーションは全く違うんだ、ということを訴えた有名なたとえ話があります。オリジナルに少し脚色を加えてありますが、おおよそ以下のような話です。
旅人と3人のレンガ職人
ひとりの旅人が道を歩いていると、ひとりの職人が仕事をしていました。地面にレンガを積んでいく、という仕事です。なんだか嫌そうな顔をし、やる気もなさそうです。旅人は尋ねます。「あなたは今、何をしているんですか?」職人は答えます。「見りゃあ分かるだろうが。レンガ積んでんだよ」旅人は続けて尋ねます。「それはあなたの仕事ですか?」職人は答えます。「そうだよ。俺のクソ忌々しい仕事だよ!」「その仕事、楽しいですか?」とさらに旅人が聞くと、「面白れぇわけねえだろうが、こんな単純な仕事がよ!」と吐き捨てるように答えます。
さらに歩き続けると、やはり同じ仕事をしている職人に出会います。が、先ほどの職人と異なり、実に淡々と無表情に、機械のように仕事を進めています。旅人は尋ねます。「あなた、今何しているんですか?」職人「私は今、レンガを積んで壁を作っています」旅人「それはあなたの仕事ですか?」職人はクールに答えます「ええ、私の仕事です」「その仕事、楽しいですか」続けて尋ねると、職人は少し考えて「…別に楽しくはないですね。仕事ですから」と、淡々と答えます。
さらに歩き続けると、3人目の職人に出会います。先ほどの2人と異なり、ずいぶん楽しそうに仕事をしています。やっていることは同じなのですが。旅人は尋ねます。「あなたは今、何をしているのですか?」すると職人はこう答えます「私は今、教会を建てています。そのために今壁を作っています。」旅人「それはあなたの仕事ですか?」職人は答えます。「ええ、私の仕事です」なんだか誇らしげです。「その仕事は楽しいですか?」と尋ねると、職人はこう答えます。「いやー楽しいですね!ワクワクします。やがて近い将来、ここに大きな教会ができるんですよ。おそらくてっぺんには鐘がぶら下げられることになるでしょう。その鐘の音が今から聞こえてくるようです。あ、この壁の向こうは中庭になる予定です。子供たちが遊び騒いでいる…、そんな様子も思い浮かびますね。ひょっとしたら今作っているこの壁にもたれかかり、愛を囁きあう恋人同士もいるかもしれない…。そんな将来の姿を想像すると、もう今から楽しみで仕方ないですよ」
この3人、やっていることは同じです。しかし見ているところがまるで違います。目の前のレンガしか見ていない1人目の職人。そのレンガが積みあがってできるであろう将来の姿を頭に思い浮かべ、そちらに目を向けている3人目の職人。目標の有無がモチベーションに直結することを見事に表していますね。
さて、ではここで自分自身を振り返ってみましょう。この3人のうちで、あなた自身は誰に一番近いですか?まあ、仕事に向かう姿勢というのは人それぞれですから、善し悪しの問題ではありませんが、どのタイプが最も幸せかと考えれば、おそらくは3人目のタイプではないでしょうか。
日常生活に「目標管理」を取り入れよう
仕事に限らず生きていれば当然、楽しいこと・やりたいことだけをやって過ごしていくことはできません。やりたくないけどやらざるを得ないことも多いでしょう。そんな時にこそ「目標管理」の考え方が力を発揮します。
ここからは、実際に「目標管理」を生活の中に取り入れていくためのポイントを考えていきましょう。
「目標管理」の進め方 ― PDCAサイクルを回す
モチベーションや成果に直結する「目標管理」。しかしただ何となく目標を立て、やみくもに進めていても満足のいく結果は得られません。「目標管理」には一定の進め方があります。マネジメントサイクル ― PDCAサイクルに乗せて進めていくことが大切です。
① P(Plan) ― 目標を設定し、計画を立てる
↓
② D(Do) ― 計画に沿って実践する
↓
③ C(Check) ― 取り組み具合や成果を評価する
↓
④ A(Act) ― 評価結果をふまえ、必要に応じ目標や計画を修正する
以上を1サイクルとし、④ Aでの対処をふまえて新たな① P → ② D → …、とスパイラルを回していくことで、期待する成果が得られるようになります。
「目標管理」は適切な目標設定から始まる
まず「目標管理」の入口、“P”における目標の設定について考えてみましょう。
現状の自分に十分満足している人は少ないでしょう。「足ることを知る」ということも大切ですが、満足してしまうとそこで成長が止まってしまうのもまた事実。
「もっと金持ちになりたい」とか「素敵な恋人が欲しい」とか「もっとカッコよくなりたい」とか…。人間の欲望にはきりがありませんね。しかしこれらは「目標」ではなく、単なる「妄想」です。妄想はいつまでたっても実現しないので、目標と言えるレベルまで具体化する必要があります。
良い目標の条件とは?
良い目標と言えるための条件は様々ありますが、以下の6つの“モノサシ”で考えましょう。
① 自主的に掲げた目標か?
― 他者からのプレッシャーや同調圧力に屈した結果、仕方なく立てた目標ではしょせん‟ノルマ”
② 具体的な目標になっているか?
―「できるだけ早く」や「~を目指す」など、抽象レベルが高いと実効性が低くなる
③ 挑戦的な目標であるか?
― 少し無理をしなければ達成できない目標ほど燃える
④ 現実的な目標か?
―「挑戦的」過ぎて実現不可能な目標になっては意味がない
⑤ 客観的な視点に立てているか?
― 独りよがりでなく、他者の目から見ても的確な目標と言えるか
⑥ 達成度を検証できるか?
― 一定期間が過ぎたとき、その達成度を測ることができるか
具体的な目標4つの要素
⑥の「達成度が検証できる」目標とするためには、②の「具体的」かどうかが最大のポイントになります。検証可能な具体的目標とするためには、最低限以下の4つの要素を満たす必要があります。
1.目標項目(なにを)
掲げる目標のタイトルのようなものです。例えば「貯蓄の増大」とか「恋人の獲得」とか「ゴルフスキルの向上」とか「喫煙本数の削減」など、進歩・改善したい事柄をなるべくシンプルに表現します。
2.達成期限
次の3との兼ね合いになりますが、目指す状態を実現させる期限を設定します
3.達成水準
2との兼ね合いですが、期限がきたときにどんな状態を実現できていれば目標達成と言えるのか、ゴールを描きます
4.達成方法
放っておいてもゴールの方から勝手に近づいてきてはくれませんから、ゴールに到達するための取り組みを具体的にします。
目標設定の具体例
以上の4つを具体的な例で考えてみましょう。
「今よりもっとカッコよくなりたい」と思っているだけでは単なる妄想に終わってしまうので、目標レベルにブレイクダウンします。「カッコよさ」を構成する要素を分解しましょう。ここは分かりやすく「見た目」に限定して考えていきます。見た目のカッコよさのこだわりポイントは人それぞれでしょうが、ランダムに挙げてみると、例えば「ファッションセンスがいい」「ヘアスタイルがキマっている」「引き締まったスリムな体型」「背筋が伸びている」「動きのキレがいい」など、挙げていけばきりがありません。これら全てが1の「目標項目」になり得ます。そのひとつ一つにつき2~4を考えていくわけですが、注意しなければならないのは、例えば「ハンサムな顔立ち」や「身長180センチ以上」などは、良い目標の条件④「現実的か?」に抵触するのでNGということです。「自力で達成可能」ということは最低条件です。
ここではサンプルとして「引き締まったスリムな体型」を1の「目標項目」と設定し、2から後を考えていきましょう。
1.目標項目「引き締まったスリムな体型」
2.達成期限「6か月後」
※ 2の期限をどうするか?3との兼ね合いで、「現実的」か?「挑戦的」か?のバランスを勘案し、例えば6か月後。
3.達成水準
※ 水準を考えるとき、方向性は2つあります。1つは定量化、あと1つは定性化です。定量化というのは数値で表すことです。検証可能という観点からは分かりやすいと言えます。例えば、「現状体重が〇㎏、それを〇㎏にする」「BMI値を〇〇にする」「3サイズを~」「体脂肪率を~」などです。「完成度」「出来ばえ」の観点からは、定性化にも工夫しましょう。定性化というのは、単純に数的・量的に表すのではなく、達成した状態がリアルにイメージできるよう、言葉で表現することです。例えば「20歳代のころ着ていたY体のスーツが無理なく着られる体型」「木村拓哉の体型」「ビフォア・アフターで写真撮影し、知り合い10人に見せ、うち8人以上がスリムになったと言ってくれたら目標達成」とか。
4.達成方法
※ 3の水準を実現するための取り組みとしては、方向性は大きく2つ。運動と食事コントロール。運動であれば「週〇回、トレーニングジムにて〇時間マシントレーニングをし、〇キロカロリー消費」。食事であれば「1日の摂取カロリーを〇キロに抑えるために、献立を~」など、プログラムやスケジュールを立てます。
D・C・Aのプロセスで心がけること
子供のころ、夏休みに入るとすぐに緻密な計画を立てるんだけれど、結果三日坊主に終わってしまった、という経験をお持ちの人も多いでしょう。いかに素晴らしい目標を立てても、実践しなければ「絵に描いた餅」に終わってしまいます。「目標管理」とはその名が示す通り、「目標」による「管理」であり、「自己統制」することに意味があります。計画倒れに終わらないよう、D→C→Aを確実に進めましょう。そのための心がけとして、以下の実践をお勧めします。
1.日々の実践状況を記録する
2.協力者を見つけ、チェック・アドバイス・叱咤激励してもらう
3.マイルストーン(中間目標)を設定する
4.進捗の具合により、適宜自分に小さな「ご褒美」をあげる
使える目標管理ツール
「目標管理」を確実に実践し、成果につなぐためにはツールを工夫しましょう。最近ではインターネット上に、気軽に使える目標管理ツールを掲載したWebサイトが多数あります。自分に合った使い勝手の良いものを探してみましょう。以下いくつかをご紹介します。
設定した目標に執着しすぎない
「目標管理」は本来、取り組みへのモチベーションを高め、成果を出すためのツールです。目標達成にこだわることは大切ですが、あまりにもそれに縛られてしまうと、結局「ねばならない」というノルマに変わってしまいます。初めに立てた目標に執着することなく、実践しながら方針転換やハードルの上げ下げも柔軟におこないましょう。
「目標管理」で仕事のスキルを上げよう
「目標管理」の考え方はプライベートを充実させる上でも効果的ですが、ここからは仕事の中での実践について考えていきましょう。仕事となると、当然プライベートほどの自由度はなく、立場・役割に応じた様々な制約が伴います。結果、本来理想とする「目標管理」が実現できず、「ノルマ管理」に変貌する危険性を常にはらんでいます。
「目標管理」は本来、人事考課の道具ではない
先にも記した通り、人事考課(評価)制度には「目標管理」がつきものです。しかし、もともと「目標管理」は人事考課のために誕生したシステムではなく、ドラッカーが理想としたのは以下のようなことです。
・モチベーション ― 意欲の向上
・組織目標の共有
・担当業務の棚卸と再確認
・コミュニケーションの活性化
ですから、人事考課制度の中だけで終わらせるのではなく、日常業務の中に活かしてこそ価値があります。
「目標管理」は上司と部下の共同作業
「目標管理」を自分一人だけで進めていこうとすると、どうしても限界があります。達成を支援してくれるサポーターが必要です。職場でそのサポート役を担うのは上司・先輩です。上位目標の達成に責任を負う上司の立場では、部下に対しつい無理のある目標を要求したくなりますが、それをやってしまうと「目標」ではなく「ノルマ」になり、部下は「やらされ感」の中で仕事を進めることになります。上司としての希望・要望は伝えつつ、同時に本人の自主性を最大限尊重し、互いの考えをすり合わせながら良い落としどころを探りましょう。日常的なコミュニケーションを密にはかり、時間を作って1対1の面談による意見交換をおこない、正しい「目標管理」の実践に努めましょう。
「目標管理」を確実に実践するためのテンプレート
効果的に「目標管理」を進めるためのツールとして、「目標管理シート」を用意しましょう。書式上の決まりなどはありませんが、目標設定や進捗確認、達成度合いの検証などが確実にできるような工夫を施しましょう。以下に参考サイトをいくつか掲載します。
「目標管理」で人生をもっと豊かに
山に登るときには、ゴールである頂上をしっかり見据えて進むことが大切です。しかしゴールばかり見ていては、そのあまりの遠さに気持ちが萎えてしまったり、足元がおろそかになってつまづいて怪我をしてしまうかもしれません。一方、足元ばかり見て歩いていると、道に迷って頂上にたどり着けず、遭難してしまうかもしれません。
人生という高くて遠い、しかし美しいものがたくさん存在する山を登っていくために「目標管理」大いに活用しましょう。